DMZルポ② 地雷原DMZを歩く

週刊金曜日』2018年10月5日号


DMZとは、朝鮮半島南北の軍事境界線にある非武装地帯だ。朝鮮戦争時に地雷が埋められ、この地帯には約1万人分の遺骨が不明だという。4月の板門店宣言を受けて敵対行為除去の先行行動として地雷除去が進んでいる。

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「地雷だ!」
 錆びた鉄の塊を掘り起こした金基皓氏が、同行していた筆者を慌てて制止した。レンガくらいの直方体の物体は、米軍が第2次大戦で多用した対人地雷の「M3」。地雷上部に差し込まれた細い筒状の信管の先端に、3本の突起物が見えた。これを踏むと地雷が爆発し、鉄の塊を粉々に吹き飛ばして人を殺傷する。被害範囲は半径10メートルに及ぶという。民間で地雷除去活動を続ける退役軍人の金氏は、馴れた手つきで信管を取り除くと赤い地雷標識を立て、地雷を放置したまま、なにごともなかったように藪の中を進んだ。

地雷原の村

 韓国北東の江原道揚口郡亥安面(ヘアンミョン)。山に囲まれたカルデラのような丸い盆地に、野菜や高麗人参の畑が連なる。朝鮮戦争以前は北朝鮮領だった。戦争中は半島東部の前線で最大の激戦地になり、米軍はすり鉢状の盆地を「パンチボール」と呼び、一進一退の熾烈な戦闘が繰り返された。戦後、盆地の北側の尾根に軍事境界線が設定され、パンチボールは韓国領に組み込まれる。
 1953年の休戦協定により、南北は軍事境界線を境にそれぞれ2キロの非武装地帯(DMZ)を設け、軍事施設の設置を禁じた。だが、双方が重火器を配備した監視所(GP)をDMZ内におき、協定を無視し続けている。韓国側では、DMZ南端に当たる南方限界線(SLL)から、さらに10キロ~20キロ南に民間人統制線(民統線)を敷き、軍が許可した住民以外の居住や立ち入りを制限している。前線の大部隊が集結しているのも、DMZと一体の民統線地域だ。
 ところが、亥安面の盆地には民統線がない。開墾を促すため1960年代に解除されたの続き、DMZも軍事境界線から数百メートルしか離れていない盆地北端まで狭められた結果、北朝鮮と隣り合わせる一般居住地域が生まれた。しかし、盆地の北部は休戦協定上、今もDMZであることに変わりない。村に地雷が多く残るのは、こうした事情による。

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 地雷を発見した場所は、農家が山の沢からパイプで水を引く取水地点にあり、住民が頻繁に出入りする。金氏は金属探知機を地面に当てながら、一歩ずつ、ゆっくり沢沿いに丘の斜面を上っていった。あたりは戦争中の銃弾や砲弾の破片が無数に散らばり、探知音が鳴りっぱなしだった。探知機では破片と地雷の判別はできないので、一つずつ確認しながら、安全なルートを確保していくしかない。
 しばらくすると、またM3が出てきた。金氏によると、米軍及び韓国軍が対戦車地雷を埋める際、北朝鮮軍兵士に除去されないよう、まわりに複数の対人地雷を埋めることが多いという。金属探知機がけたたましく鳴りだし、緊張がピークに達した。掘り進めると、直系40センチくらいの円盤状の対戦車地雷「M15」が姿を現した。米軍が第2次大戦から朝鮮戦争にかけ使用し、韓国軍にも多く提供された地雷だ。大型車両が踏むほどの圧力が加わらないと起爆しないとはいえ、半世紀以上前の代物なので事故が起きないとも限らない。対人地雷を踏んだ爆発の衝撃で対戦車地雷を爆発させる危険もあるらしい。爆発すれば周辺は木っ端みじん。金氏の作業を見守るしかなかった。

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対戦車地雷「M15」を掘り出した金基皓氏

補償されない被害者

 韓国軍が把握する地雷埋設地域は、韓国側DMZに493カ所、民統線地域に232カ所ある。地雷の数はそれぞれ約40万発、約44万発とされる。これに加え、記録はないが地雷が多く埋設されたと推定される「未確認地雷地帯」が218カ所もあり、広さも確認済地域の5倍の9300万平方メートルに及ぶ。同地帯の地雷数は20万~30万発。ほとんどが民統線地域に埋まっている。さらにDMZ北側には北朝鮮の地雷が80万発あると推定され、長さ約250キロのDMZ一帯に南北合わせて200万発近い地雷が埋まっていることになる。密度では世界最大規模の地雷原だ。
 韓国国防省は2015年の国会国防委員会で、工兵3個中隊で地雷を除去できる面積を1年に33万平方メートルと答えており、DMZ一帯を安全な土地に戻すには500年近くかかる。民間人に被害が及ぶ未確認地雷の現状について、金氏はこう語る。
「地雷はすべて米国製なので、米軍が埋めたものと思われがちだが、大半は1960年代前半に韓国軍が埋設したものだ。当時はDMZに鉄条網がなく、韓国軍のベトナム派兵で安保上の空白が生まれた時期、北朝鮮軍の侵犯事件が相次いだ。侵入を防ぐため手あたり次第に埋めたので、どこに、どれほど埋まっているのか、正確なことは誰にも分からない。その上、軽い対人地雷は、大雨や土砂崩れで流出しやすく、汚染が夥しい範囲に広がった」
 特に問題なのが、プラスチック製の「M14」という小型の対人地雷。直径5・5センチ、高さ4・5センチ、重さは100グラムに満たない。金氏が続ける。
「信管に微量の金属を使うだけなので探知が極めて難しく、平地や山から川辺、海岸へと流れ着き、民間人が負傷する事故が多発している。民間人被害の9割がこの地雷だ。踏めば足首の切断は避けられず、『足首地雷』とも呼ばれる。負傷した兵士を救出させて戦力を削ぐのが目的で、世界でもっとも卑劣な地雷でもある。地雷除去用の大型重機を使うと、手つかずのDMZの自然が破壊されるばかりか、逆にM14を周辺にばらまくことになるので、人が金属探知機で1個ずつ丹念に探していくしか方法がない」
 亥安面にもM14の被害者がいる。農家の徐貞昊氏は足首でなく、左手首と右手の指を失っていた。
「小学校を卒業した翌年、近所に薪をとりに行くと、オモチャのようなものが落ちていた。それを拾って、いじっているうちに爆発した。あとは覚えていない。同じ場所で地雷を踏んで死んだ人は10人いて、生き残ったのは私だけ。盆地全体では、不発弾の事故も含めて50人以上が被害にあっている。山の上に軍の監視所があり、軍人の被害も相当な数になると思う」
 こう語ると、徐氏は不自由な手でジャガイモ畑の手入れを始めた。韓国の地雷被害者は約530人。2015年に「地雷被害者支援に関する特別法」が施行されたが、補償を申請したのは379人にとどまった。徐氏は申請していない。被害当時の平均収入を基に慰労金として支給されるので、徐氏のように60年代から70年代にかけ事故にあった人の支給額は30万円にもならない。苦悩に満ちた半生を慰労金で帳消しにされることに憤り、徐氏らは国防省を相手に訴訟の準備をしている。
 被害は民間人だけではない。徐氏が指摘した通り、軍人の被害もかなりの数になるはずだ。被害者数は公表されていないが、民間の3、4倍になると見積もられる。

進まぬ戦死者の遺骨発掘

 徐氏が耕すジャガイモ畑の端に競技場ほどの広さの林があり、手前に軍が立てた看板があった。この林が未確認地雷地帯であることを知らせると同時に、無断で立ち入れば軍事施設保護法に違反すると警告している。だが、林の中は高価な山菜の宝庫で、地雷原であることを知りながら入ってしまう住民もいるという。どれくらい地雷があるのか、金氏が調査に乗り出した。1時間後、林の中から戻ってきた金氏が驚くべき実態を知らせた。
「直線距離にして300メートルほど調べてきたが、探知音の反応から、ありとあらゆる地雷が埋まっていそうだ。対戦車地雷のまわりに『M2A4』という対人地雷もある。これは『跳躍地雷』といい、踏むと迫撃砲が空中2~3メートルに飛び出して爆発し、銃弾のような鉄片が四方八方に飛び散る。プラスチック製のM14も無数にありそうだ。この林だけで3000発以上の地雷が埋まっているのは確実だ」
 隣の徐氏のジャガイモ畑でも銃弾の破片などの探知音がいたる所でした。どこまでが未確認地雷地帯なのか、明確な線引きなどできない。こんな危険な場所が盆地のあちこちにある理由を、金氏はこう説明する。
「民統線地域は最前線であり、軍は安保上、曖昧な未確認地雷地帯の存在を必要とする。民統線が解除された亥安の盆地でも、現状では住民の安全より安保が優先されている。DMZに限り、韓国は正常な国家とは言えない」
 9月の平壌首脳会談で南北の軍事当局は、「朝鮮半島の火薬庫」と化したDMZ一帯での敵対行為中止に向けた先行措置として、監視所の一部撤収を決めた。一定の信頼醸成がなされた後、最前線部隊に配備された長距離砲などを後方に下げる本格的な軍縮協議に入る見込みだ。同時に、DMZ内に残された朝鮮戦争戦死者の遺骨発掘を南北共同で進める計画があり、高齢の遺族たちが期待を寄せている。しかし、地雷原で遺骨発掘は不可能だ。
 朝鮮戦争で戦死した韓国兵は約16万3000人。このうち約3万体が国立墓地に葬られた。国防省は2007年に「遺骨鑑識団」を設立し、遺骨の発掘を組織的に進めているが、まだ1万体しか見つかっていない。鑑識団広報課に問い合わせると、「遺族のDNAサンプルの不足などから、身元が判明したのは129人だけ。国軍(韓国軍)兵士の遺体は、北朝鮮に3万体、DMZに1万体あると推定されます」と答えた。つまり、残る約8万人の遺骨は韓国内に埋まっていることになる。発掘が進まないのも、未確認地雷地帯と無縁ではない。戦争の傷跡はあまりに大きい。
 1997年にオスロで対人地雷禁止条約の起草会議が開かれた際、韓国政府は「DMZを除いた地域に対人地雷を埋設していない」と発表し、南北の軍事対立が続く状況を理由に、同条約への加盟を避けた。加盟に意欲を見せた米オバマ政権も、2014年に対人地雷の非使用と備蓄破棄の方針を打ち出したものの、同盟国の韓国防衛を根拠に朝鮮半島を例外とした。非人道的な地雷を除去するには、南北に加え米国も同条約に加盟する必要があり、ハードルは一段と高くなる。南北の軍事対立が生み出した“死の土地”DMZを平和の森にするには、南北の和解からから始めるしか方法がない。最初の障害物となる北朝鮮の非核化と終戦宣言がなにより求められる。