DMZルポ① 米軍基地を抱える韓国で何が起きているのか

週刊金曜日』2018年4月6日号

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北緯38度の村

 非武装地帯(DMZ)から近い北緯38度にある京畿道抱川市の永平(ヨンピョン)川は、朝鮮戦争が起きるまで村を南北に隔てる国境だった。1953年の休戦協定で韓国領に組み込まれたが、今も軍の駐屯地が多く、緊張感が漂う。
 1月2日夜、川の北側の夜味里(ヤミリ)という村に、戦車の機関銃に使われる口径12・7ミリの弾丸が23発も落下する事故があった。5キロメートル先にある米軍「ロドリゲス射撃場(永平射撃場)」から飛んできたことが分かり、安全が確認されるまで訓練は中断されたが、住民の不安は消えない。
 夜味里周辺では民家や畜舎に落下する流れ弾の事故が3年間で16件発生し、被弾して負傷した住民もいる。射撃場ゲート前でテントを張り抗議活動を続ける住民代表の李吉淵氏は、事故の背景をこう説明する。
「戦車の機関銃には弾丸を200発装填できる。一回の訓練ですべて使い切り、多くが標的のコンクリート壁に当たり跳ね返る跳飛弾となり、村に向かったに違いない。的を外し、そのまま村に飛んできた流れ弾もあるはずだ。在韓米軍兵士は6カ月から1年サイクルで国外の部隊から循環配置され、戦闘能力を向上させるため射撃場での訓練が欠かせないようだ。その上、日本、アラスカ、グアムの米軍基地からも、海軍を除く陸・空・海兵の米兵が続々とやってくる。見ず知らずの私たち住民などまったく考慮せず、昼夜を問わず好きな時間に訓練をするので、爆音や振動で耳を悪くしたり睡眠障害を訴える住民が多い。射撃場がある山では訓練で発生した山火事が1年に20回以上起きている」
 機関銃の弾丸だけでなく、迫撃砲や対戦車砲の演習弾も飛んでくる。1日で2万発の射撃訓練が行われた日もあった。もっとも多いのが対戦車攻撃を想定した攻撃ヘリ「AH64(アパッチ)」の訓練で、イラク戦争の際は、米兵のほとんどがこの射撃場での訓練を経て戦場に送り込まれた。ヘリが標的めがけ降下する進路の真下に小学校があり、騒音で授業が頻繁に中断する。今は廃校が検討されているという。
 広大な射撃場は茶色のフェンスに囲まれ、中の様子を伺い知ることはできない。敷地内から流れる小川がテントの真横を通り、村の田んぼへとつながっていた。
「雨が降れば、弾薬や金属の有害物質で汚染された水が用水路に流れ込んでしまう」
 李氏はこう語り溜息をついた。

北朝鮮危機で事故増加へ 

 1954年に造成されたロドリゲス射撃場は広さ1322万平方メートル。アジアにある米軍の射撃場で最も大きく、米軍はここで年間300日近く射撃訓練を行う。在韓米軍は、主力となる陸軍第8軍隷下の第2歩兵師団が、ソウル南方の京畿道平沢市に新たに建設された「キャンプ・ハンフリーズ」への移転をほぼ完了させたが、北朝鮮の長射程砲に対応する部隊「210火力旅団」とロドリゲス射撃場だけは、DMZに近い前線地域に残留させた。
 住民がテントの抗議を始めたのは被害が増えだした2年半前。15年末には対戦車ミサイルが教会の集会施設を直撃する事故が起き、この時も訓練が一時中断した。だが、1週間後の16年1月6日に北朝鮮が4回目の核実験を実施したため、なにごともなかったように再開されてしまう。同時期は在日米軍でも事故が増えていた。一昨年にくらべ昨年は25件に倍増、今年に入っても事故やトラブルが相次いだ。一触即発だった北朝鮮危機と無縁ではなさそうだ。
 ところが、金正恩朝鮮労働党委員長が「新年の辞」で平昌冬季五輪参加の意向を表明すると、半島情勢は一変した。金氏に非核化の意思があることが分かると、4月末の南北首脳会談に続き史上初の米朝首脳会談が実現する見込みとなり、3月26日に中朝首脳会談が電撃的に行われた。4月1日からはじまった米韓合同軍事演習「フォールイーグル」の規模も縮小され、非戦と非核に向けた対話のテーブルが準備されつつある。
 しかし一連の南北和解の流れとは逆に、ロドリゲス射撃場は訓練再開に向け動き出す。五輪開催中の2月、韓国国防部(省)の宋永武長官とマイケル・ビルズ米第8軍司令官が住民代表らに再発防止策を伝え、理解を求めた。だが、住民が求める射撃場の閉鎖や移転には答えようとしなかった。
「安全対策といってもコンクリート壁の除去や射撃角度の制限くらいで、どうせ事故は繰り返される。閉鎖が無理なら住民の集団移住を考えてもらいたい」(李氏)
 移住を希望する被害住民は1万人近くにも増え、国も対策のとりようがないのが実情だ。

韓国版「思いやり予算」も

 昨年6月30日にワシントンで行われた米韓首脳会談後の共同記者会見で、ドナルド・トランプ大統領は「韓国における米軍のプレゼンスの公正な費用分担に向け協力している。費用の分担は極めて重要」と述べ、韓国が負担する在韓米軍駐留経費の増額を示唆した。さらに11月7日にソウルで行われた二度目の首脳会談では、韓国の武器購入を高く評価し、その額が数十億ドルに及ぶと強調した。
 在韓米軍地位協定(SOFA)は、「施設・区域」を韓国が無償で提供し、駐留経費はすべて米国が負担すると定めている(5条1項、2項)。しかし、両国は91年から日本の「思いやり予算」に当たる防衛費分担額を決める「特別協定」を定期的に結び、米軍基地の韓国人職員の労務費(現金)▽軍事施設建設費(現金と現物)▽軍需支援費(現物)を地位協定の例外措置とし、韓国側が負担してきた。昨年の拠出額は約950億円。韓国政府は駐留経費総額の約50%と推定している。現協定は今年末に期限を迎えるため、3月中旬に第10回協定に向けた交渉が始まった。
 一方、日本政府の思いやり予算は17年度予算案で1946億円。これに周辺対策、土地や施設の賃料などを加えた「在日米軍駐留関連経費」を基に計算すると、負担率は9割を超える。北朝鮮危機は解消されておらず、米国が韓国に大幅な増額を求めるのは必至だ。だが、経費の算定基準は恣意的で負担率も実態を反映していないと「平和・統一研究所」の朴琦鶴所長は指摘する。
「米軍支援のため『KATUSA(カトゥサ)』と呼ばれる韓国軍兵士が米軍指揮下に配置される。兵員数は在韓米軍兵力の12・6%の約3600人になり、国防部予算から支払われる給与は特別協定の労務費に組み込まれるべきだ。
 また、米軍の弾薬が韓国軍の貯蔵施設に保管され、維持費用に年間1000億ウォン(約100億円)かかるが、これも軍需支援費から外されている。土地の賃料や周辺対策費など間接支援も計算に含まれていない。
 特に問題なのが、軍事建設費として支払われた分担金をキャンプ・ハンフリーズの基地移転事業に転用してきたことだ。韓米は特別協定とは別に『連合土地管理計画(LPP)』を結び、米国が全額負担することで合意したのに、実際には韓国側が総事業費108億ドルの9割以上を負担する結果になった。これらを合わせば、負担率は少なくとも77%になる」

分担金を米国が不正投資

 日韓ではGDP(国内総生産)に差があり、負担は韓国にさらに重くのしかかる。しかも分担金は転用されたばかりか、米国防省所属の金融機関「コミュニティバンク(CB)」に預けられ、営利行為を禁じる地位協定に反して投資された上、巨額の利子まで生んでいた。本来なら返済されるべき不用額は現時点で1兆ウォン(約1000億円)に上る。
 今後の交渉で負担増額の根拠にされかねないのが、在韓米軍が昨年4月に配備した高高度迎撃ミサイルシステム「THAAD(サード)」の扱いだ。配備に約10億ドル、年間200万ドルの運営費がかかる。「北朝鮮特需」に沸く米軍需企業大手ロッキード・マーチン社が開発した最新鋭の武器だが、北朝鮮の多様なミサイルに対応しきれず、韓国防衛における迎撃能力に疑問符がつく代物だ。
 分担金が不正使用されたキャンプ・ハンフリーズは、米軍の海外の基地で最大規模(1467万平方メートル)を誇り、第8軍司令部や滑走路など主要な軍事施設の他、学校、病院、商店など米兵と家族のための施設を含めると513棟の建物が並ぶ。メディアには公開されないが、核攻撃に耐える巨大な地下バンカー「陸海空戦区指揮所(CP TANGO)」も作られ、半島有事の際は後方支援を担う在日米軍7基地を指揮下におく司令部に変身する。グアム、沖縄に並ぶアジア太平洋地域の米戦略拠点を、韓国がまるごと提供したようなものだ。米国をここまで思いやるのも韓国と日本しかない。
 この基地移転事業に伴う米軍基地の統廃合からロドリゲス射撃場を除外したのは、米側の強い要請によるものだった。昨年10月の米韓安保協議会議で、米国は射撃場を存続させた韓国側の努力を高く評価しており、施設の軍事的重要さを裏付けている。しかし、その「努力」は住民の犠牲で成り立っていた。

ドロ沼の武器購入

 韓国の負担は米国の武器購入でも増え続けている。トランプ氏の「数十億ドル」発言が憶測を呼び、地上監視偵察機「ジョイント・スターズ」や海上配備型弾道弾迎撃ミサイル「SM3」などの最先端武器が“ショッピングリスト”に浮上。韓国軍は21年までにロッキード・マーチン社のステルス戦闘機「F35A」を40機導入するが、さらに20機を追加で購入すると報じられだした。1機当たり1億ドル、締めて60億ドルの大商いだ。
 盧武鉉政権で国防長官政策補佐官を務めた金鍾大議員(野党・正義党)に膨れ上がる防衛費の実態について尋ねた。
「F35Aは既存のF15戦闘機に比べ速度が約半分、攻撃装備も不十分で戦闘機能は逆に落ちる。ステルス機能があるから、先制攻撃で敵地に単独で侵入して核・ミサイル施設を精密打撃するなら効果的かもしれないが、開戦とほぼ同時に北のレーダー網は電子戦で麻痺し、制空権は奪われている。ほとんど出番はないだろう。
 同盟国に負担を強いる米国の強引な武器売却には、別の思惑もある。北朝鮮危機を追い風に韓日米一体の軍事同盟を作りあげ、安保を提供する米国の覇権秩序を揺るぎないものにする政治的意味合いが濃い」
 巨額の武器購入には韓国側にも事情がある。金氏が続ける。
文在寅政権が軍事力を強化しているのは、単に北朝鮮の脅威に対応するだけでなく、米軍主導の現在の戦時作戦統制権を、韓米同盟の枠組みを崩さないまま韓国軍が取り戻す必要があるからだ。そのためには、米側が条件とする軍指揮能力を高めるしかない。南北和解による平和を目指す以上、自主国防は避けて通れない現実であり、米国の最先端武器を購入するジレンマに陥る構造的な問題を抱えている」
 現在の休戦状態を終戦に変える平和協定への道筋が見えれば、在韓米軍、そして在日米軍の理不尽な主張がまかり通ることもなくなるだろう。