「エノラ・ゲイ」発掘写真に見る米国の歴史認識

米ノーチラス研究所ウェブサイトで公表された「エノラ・ゲイ」の未公開写真。同サイトより


 米ノーチラス研究所のウェブサイトで8月6日、広島に原爆を投下した爆撃機エノラ・ゲイ」の未公開写真が公表された(https://nautilus.org/napsnet/napsnet-policy-forum/the-crossroads-of-atomic-warfare-in-one-family/)。爆撃機の左舷側に「ENOLA GAY」と書かれてある写真はよく知られているが、公表された写真は反対の右舷側で、「First Atomic Bomb  Hiroshima-August 6,1945」と書かれてあった。1968年に在韓米軍で可搬型核地雷の技師として勤務したマイケル・ローチが同ウェブサイトに寄稿した文(THE CROSSROADS OF ATOMIC WARFARE IN ONE FAMILY)の中で公表したもので、エノラ・ゲイを支援をするレーダー部隊に勤務していた彼の父が保管していたという。撮影場所は米軍が日本本土の爆撃拠点とした北マリアナ諸島テニアン島の滑走路とみられる。原爆が初めて投下された日に合わせ、核兵器に関わることになった父と子の記憶を紹介しただけの文章だが、原爆がなにをもたらしたのか、なんの言及もなく、無神経としか言いようがない。

 終戦50年の節目にあたる1995年、米国のスミソニアン航空宇宙博物館が企画した、日本への原爆投下の意味を考える「エノラ・ゲイ展」が、米退役軍人協会や米議会の圧力で骨抜きにされたうえ、館長が辞任に追い込まれる騒動があった。米国では、原爆が太平洋戦争の早期終結をもたらし、九州や関東で実施される予定だった米軍の本土上陸作戦で予想された死傷者数、およそ100万人の米兵を救ったという説(米学会は多くて4万人と見積もる)を根拠に、原爆投下が正当な軍事行為だったと主張され続けている。だからと言って無差別大量殺戮を正当化する理由にはならず、人命を軽んじた結果が原爆だったのは明らかだ。だが米国は当時、リベラルなメディアでさえエノラ・ゲイ展に批判的だった。戦争の原因を作った日本が犯した残虐行為を伝えず原爆投下にだけ焦点を当てるのは、侵略者の日本を被害者として印象づける、というのが主な理由だ。あれから27年。ノーチラス研究所のウェブサイトを見る限り、米国の歴史認識はあまり変わっていないようだ。