80年の歳月を経て輝くチャップリンの名演説

 ちょび髭に山高帽、大きなドタ靴、そしてステッキという戯けたキャラクターで世界じゅうの人々に愛されたチャールズ・チャップリン。社会や政治の風刺を取り込んだ哀愁に満ちたドタバタ喜劇を「リトル・トランプ」(小さな放浪者)として演じ続け、映画史上に残る数々の名作を残した。その中でも名作中の名作がヒトラーを風刺した『独裁者』だ。製作に2年かけ、1940年9月にニューヨークで初めて封切られた時、アメリカはまだ第2次世界大戦に参戦すらしていなかった。ナチのプロパガンダ映画を作ったことで知られるドイツの女性映画監督レニ・リーフェンシュタールが1938年11月に訪米した時にニューヨークで公開された『意志の勝利』を観て、「ヒトラーは笑いものにされねばならない」と思ったのが、この映画を作る動機になったという。リーフェンシュタールがニューヨークを訪れた5日後、ドイツではユダヤ人迫害が本格的に始まる事件「クリスタルナートゥ」が起きていたが、映画を観た人たちはファシズムの危うさより、迫力ある映像芸術の世界に圧倒されていたという。チャップリンはそれにガマンならなかったようだ。

 この映画を観た人も多いだろうから、あらすじを説明する必要もないと思う。チャップリンアドルフ・ヒトラーならぬ独裁者アデノイド・ヒンケル、そしてゲットーで床屋を営むユダヤ人の一人二役を演じ、結末のシーンでは床屋が独裁者に入れ替わり、兵士たちに向かって平和と博愛を訴える5分間の名演説を行う。不条理な戦争報道に毎日のように接している今、チャップリンの演説を改めて読み返してみると、80年以上が過ぎてもまったく色あせず、むしろ輝きを増している。戦争のない世界を願いつつ、その全訳をここで紹介しておきたい。

(※米軍のアフガン撤退から始めた本ブログも、ひとまずお休みさせていただきます)

 

『独裁者』より

 悪いけど皇帝になんかなりたくない。私には関わりのないことだし、誰かを支配したり征服したいなどとは思わない。できることなら、みんなを助けてあげたい。ユダヤ人も、そうでない人も、黒人も、白人も。みんなで助け合いたい。人間とはそういうものだ。誰もが互いに不幸になるためではなく、幸せになるために生きていきたいはずだ。互いに憎んだり軽蔑したりしたくはない。世界は人々のためにある。この良き大地は豊かで、分け隔てなく恵みを与えてくれる。人生は自由で美しいものなのに、私たちは道を失ってしまった。

 欲が人の魂を毒し、憎しみによって世界は閉ざされ、悲惨、殺戮へと私たちを進ませている。私たちはスピードというものを生み出したけど、その中に閉じ込められてしまった。豊かさをもたらす機械が、私たちを貧しくさせている。知識は私たちを皮肉にさせ、知恵は私たちを厳しく、そして冷酷にした。多くのことを考えられるようになったけど、多くのことを感じないようになってしまった。機械より大切なのは人々への愛だ。賢さより大切なのは、優しさや思いやりなんだ。こうした思いがなければ、この世の中は暴力で満ちあふれ、なにもかも失ってしまうだろう。

 飛行機やラジオは人と人との距離を近くしてくれた。こうした発明により、人々の良心に訴え、世界の人々に訴え、すべての人がひとつになることを訴えることができる。今もこうして、私の声が世界中の何百万もの人々に届いている。罪もない人たちを拷問し、投獄させるシステムの犠牲となり、絶望の淵に追いやられた何百万もの男性や女性、そして小さな子供たち。

  私の声を聞くことができた人たちに伝えたい。決して絶望しないでほしい。今、私たちに襲いかかっている不幸は、いずれ消え去るであろう、人間の進歩を恐れる者の貪欲であり憎悪にすぎない。憎しみは消え去り、独裁者たちは死ぬ。人々から奪いとられた権利は、人々のもとに戻されるだろう。人の命には限りがあるけど、自由が滅びることなどない。

 兵士たちよ! 獣たちに身を捧げてはならない。あなたたちを見下し、奴隷にし、人生まで思いのままにする者たちは、あなたたちが何をし、考え、感じるかを指図している! あなたたちを訓練し、食事を制する者たちは、あなたたちを家畜のように扱い、弾のように使い捨てにするだけだ。

 そんな自然でない機械のような考えや心をもつ者たちに身を捧げてはならない! あなたたちは機械じゃない! あなたたちは家畜じゃない! あなたたちは人間だ! 人々を愛す心をもつ人間だ! 憎んではいけない! 憎しみは愛されない者だけが持つ。愛されず、自然でない者たちがだ! 兵士たちよ! 奴隷として闘うな! 自由のために闘え!

 ルカによる福音書17章には「神の国はあなたがたの間にある」と書かれてある。ひとりの人間にではなく、ある集団の人間たちにでもなく、すべての人間にだ! あなたたちの中にあるのだ! あなたたちは力を持っている。機械を生み出す力、幸せを生み出す力! あなたたちは人生を自由にし、美しくし、その人生を素晴らしい冒険にする力を持っている。

 その力を民主主義の名のもとに使い、みながひとつになろう。新しい世界のために闘おう。人々に働く機会を与え、若者たちに未来と老後の安定を与える良識のある世界のために。あの獣たちも、こんな約束をして権力を手に入れてきた。しかし彼らは嘘つきだ! 彼らは約束を果たすことも、果たすつもりもない!

 独裁者たちは自分たちを自由にする代わり、人々を奴隷にしてしまう。今こそ約束を果たすため闘おう! 世界を自由にするため、国と国の障壁を取り払うため、貪欲や憎しみ、不寛容を失くすために闘おう! 科学と進歩がすべての人を幸せへと導く、理性のある世界のために闘おう。兵士たちよ! 民主主主義の名のもとにひとつになろう!