難民を死の海に追いやるBREXIT

 フランス北部カレー沖のドーバー海峡で24日、イギリスへの密航を図った不法移民の乗るゴムボートが沈没し、少なくとも27人が死亡した。死亡者の中には子どもや妊婦もいたが、救助された2人(イラク人とソマリア人)以外の国籍は分かっていない(※1人はイラククルド人女性と判明)。ゴムボートでイギリスへの越境を試みる事件は近年増え続け、フランス当局によると今年だけで4万7000件確認され、そのうち7800人が救助されている。またイギリス議会の報告では、今年イギリスに不法入国した移民は去年の3倍の2万3000人に及ぶ。英仏海峡トンネルを利用する大型トラックの取り締まりが厳しくなり、航海に適さない安価なゴムボートでイギリスを目指すようになったという。一つのゴムボートに少なくとも30人乗るので、大半がドーバー海峡で溺れ死んでいることになる。

 主に中東や北アフリカ出身の移民たちは、長旅の果てにドーバー海峡の最狭部にあるカレー周辺に集まってくる。目指す先はここから34キロ先のイギリス。すでに親族や知り合いがイギリスに住んでいたり、英語が通じるので不法就労しやすい上、賃金も他のヨーロッパ諸国より恵まれているためだ。だがイギリスの沿岸警備は一段と厳しさを増しており、海上で発見されればフランスに追い返されてしまう。フランスでもカレー周辺の森に野宿する不法移民のテントや寝袋を押収するなど、難民キャンプを根絶やしにする取り締まりが続いている。しかし取り締まりが厳しくなるほど、不法移民たちの密航ブローカーへの依存度が高くなり、死を覚悟の危険な航海が後を絶たなくなった。一晩で50回も送り出されたこともあったという。

 イギリスを目指す不法移民の増加は、皮肉にもイギリスの欧州連合(EU)からの離脱「ブレグジット(BREXIT)」にも原因がある。今回の事件直前にフランスの不法移民の実態を調べたイギリス紙『ガーディアン』(11月12日付)によると、彼らの多くが、イギリスはもはやEUではないので捕まっても送り帰されないと信じていたという。スーダンから来た19歳の男性は同紙にこう話している。

「イギリスにたどり着けさえすれば、ブレグジットのおかげでやっと安全になれると思う。〝ダブリン〟も〝指紋〟もないから」

 地中海を渡る時にひどい虐待を受け、フランスに着いてからも警察の暴力的な取り締まりでひと時も休まることがなかった彼は、イギリスに着けば何もかも解決すると信じ切っていた。彼が口にしたダブリンとは、EU加盟国の領域内で、難民が国際的保護を求める「庇護申請」をした場合、最初に到着した国で申請・審査することを定めた「ダブリン規則」のことだ。例えばギリシャの難民管理をすり抜けてドイツで保護申請をしても、原則的にはギリシャに送り戻される。結果的にEU域外と国境を接する国々に負担が集中することになり、制度の見直しが迫られている。また不法移民の身元を一元的に管理する「ユーロダック指紋データベース」により、複数国で庇護申請をすることもできなくなった。ブレグジット後のイギリスは不法移民のフランス送還はおろか、同システムにアクセスする権限まで失い、難民審査に支障をきたしている。過去12カ月間にイギリスで庇護申請をした人は3万1115人に達した。

 難民・移民はシリア内戦を機に増え続け、ヨーロッパに100万人もの人が押し寄せた2015年の難民危機では、イギリスを目指す無数の人がカレーに集まった。自然発生的に生まれた劣悪なカレーの難民キャンプは「ジャングル」と呼ばれ、最盛期には1万人を超えていたという。規模が大きくなるにつれ、フランス当局の取り締まりが厳しくなり、ヨーロッパの反人道的な難民政策を象徴する場所としても知られるようになった。ジャングルは2016年10月に強制撤去され、今は跡形もないが、人権団体「ヒューマン・ライト・ウォッチ」によると、まだ約2000人の難民・移民が周辺の森に隠れ住み、その中には保護者のいない子どもも約300人いるという。

 難民の歴史上、特筆すべき場所になったジャングルを描いた『Threads : From the Refugee Crisis』(https://www.amazon.co.jp/Threads-Refugee-Crisis-Kate-Evans/dp/1786631733/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=Threads+%3A+From+the+Refugee+Crisis&qid=1637738421&sr=8-1。)というマンガがある。著者のイギリスのマンガ作家ケート・エバンスはジャングルで実際に支援活動を行い、ゴミ溜めと変わらない奈落の底のような生活の中で苦難を強いられる人たちを描き出した。難民を語る時に口にされがちな理想主義的な言説より、マンガという分かりやすいメディアを通して難民問題の真実を伝えようとしたようだ。

 国連難民高等弁務官事務所UNHCR)によると、2020年に紛争や迫害により故郷を追われた人の数は過去最高の8240万人(UNHCR支援対象者)。出身国はシリア(670万人)、ベネズエラ(400万人)、アフガニスタン(260万人)、南スーダン(220万人)、ミャンマー(110万人)の5カ国で全体の約3分の2を占める。今年は米軍のアフガニスタン撤退やエチオピア北部ティグレ州での内戦などが重なり、さらに増える見込みだ。

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Threads: From the Refugee Crisisより

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Threads: From the Refugee Crisisより

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Threads: From the Refugee Crisisより