それでも難民はヨーロッパを目指す

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ポーランド軍に越境を阻止される不法移民(ポーランド国防省公表)

 ベラルーシポーランドの国境地帯で立ち往生していた難民・移民に避難所が提供され、母国への送還も始まった。しかしベラルーシが避難所として提供した国境近くの倉庫には2000人ほどしか収容できず、極寒の中、今も多くの人が放置されたままだ。ベラルーシに残る難民・移民の総数は約5000人と見積もられ、今後の処遇が注目される。

 彼らは今年夏から飛行機でベラルーシの首都ミンスクに移動した後、7月にリトアニア国境、9月にポーランド国境に押し寄せてきた。出身地はナイジェリア、シリア、イラク、イラン、アフガニスタンパキスタンスリランカなど様々だが、特にイラク北部クルディスタン地域のクルド人が多いという。同地域は比較的安定しており、紛争や迫害から逃れてきた難民ではない。恵まれたヨーロッパでの生活を目指し国境に殺到しているとみられ、目的地はドイツやイギリスなど西欧の富裕国だという。

 ベラルーシ政府は今年夏から、国営の旅行代理店「セントゥルクルオルトゥ(Tsentrkurort)」を通して入国ビザを簡素化した上、国営航空会社「ベラビア(Belavia)」の中東路線を大幅に増便。さらにミンスクに到着した不法移民を組織的に案内して国境に送り込んでいた。ビザ、航空チケット、宿泊、国境への移動を含めたパッケージ料金は約3000ドルになり、多くの人が借金をしてまでツアーに参加していた。これほど安全にヨーロッパに越境できる方法はないからだ。

 ベラルーシのルカシェンコ政権は、昨年8月の大統領選の不正に抗議するデモを暴力的に弾圧するなど、度重なる人権侵害で欧州連合(EU)から経済制裁を受けている。その報復措置として、不法移民を「武器」にEUを混乱させようとしたようだ。これに対しポーランド政府は9月から国境地帯に国家非常事態を宣言し、1万人を超える兵士を現地に投入。鉄製フェンスや蛇腹状の有刺鉄線を国境に設置して流入を阻止した。強制的にベラルーシ側へ追い出す過程で、少なくとも12人が死亡している。

 

「難民申請者は不法入国を理由に罰せられない」とする難民条約の原則に基づき、EUは紛争や貧困から逃れてきた難民・移民を人道的見地で受け入れてきた。だがシリア内戦で100万人もの人がヨーロッパに押し寄せた2015年から、加盟国の間で意見が割れ始め、最前線に立たされたバルカン半島ギリシャハンガリーでは、EU主要国が消極的だった鉄条網が国境に設置された。今回の事態を受け、ポーランド政府はEU財政で国境にフェンスを設置することを求めており、ワルシャワを訪れた欧州理事会のシャルル・ミシェル議長も「EUを守るための物理的な障害物について議論する」と積極姿勢に転じている。また、ポーランドが不法移民を一方的に追い出していたのは、同国議会が10月、不法入国した外国人の難民申請を拒める改正法を可決していたためだ。

 ポーランドでは2015年の総選挙で右派政党「法と正義(PiS)」が単独過半数を得て政権を握って以来、右傾化が進んでいる。同年に起きたシリア難民危機に際し、党首のヤロスワフ・カチンスキイスラム教徒の不法移民を「寄生虫と原生動物」に例え、国民に脅威を煽った。政権掌握後は司法の独立や報道の自由を制限。性的マイノリティーのLGBTを排除する差別的政策や、胎児に障害があった場合の人工妊娠中絶すら禁止する実質的な中絶禁止など、民主主義に逆行する強権的な政策を相次いで打ち出している。人口の約9割を占めるカトリックの保守的理念に反する者たちをすべて「悪魔化」し、それと戦う姿勢を示すことで支持を集めているのだ。

 ポーランド内相は10月、国境地帯で拘束した不法移民から押収した携帯電話に牛と性交する男の画像があったと公表し、政府系の国営放送局TVPが「牛をレイプした男がポーランドに入国したい?」と扇情的に報じた。画像はネットで拡散するポルノ映像から抜き出されたもので、押収された携帯には保存されていなかった。TVPはこの他にも、スウェーデンに住む難民の発砲事件の映像を取り上げ、同様の事件がヨーロッパで毎日のように起きていると伝えている。これもネットフリックスで放映されたフィクション映像をコピーしたフェークニュースだった。

 

 ポーランドに押し寄せた不法移民の数は、ヨーロッパ全体からすればさほど多くない。国連難民高等弁務官事務所UNHCR)などのデータでは、今年7月から9月までの3カ月間にバルカン諸国とイタリアの6カ国にたどり着いた難民・移民は約6万1000人になる。そのうち約1万4000人が子どもで、性的被害を受けていた女性や子どもは約7400人と推計される。またバルカン諸国とトルコで難民支援活動を行うNGOの共同体「ボーダー・バイオレンス・モニタリング・ネットワーク(BVMN)」によると、難民・移民を強制的に隣国に追い出す事例も続出している。人権を無視した取り調べや虐待、行き倒れになった人たちの無縁墓も各地で確認されるようになった

 中東やアフリカの不法移民たちの間では、トルコからボートでエーゲ海を渡りギリシャ沿岸を目指すルートが一般的だという。しかし彼らを引率するブローカーが厳罰に処されるようになり、今では危険極まりない航海になった。引率者なしで自力で航海せざるを得なくなったからだ。昨年12月、30人以上の不法移民で鮨詰めのボートがギリシャ領のレスボス島に漂着したケースでは、途中で女性2人が海に投げ出され死亡。生き残るため舵を握ったソマリア人が引率者と判断され、142年の刑が宣告されている。厳罰措置は難民らを支援するNGOにも向けられ、スパイ容疑や資金洗浄など、あらゆる罪状をつけて起訴しだした。NGOの活動を委縮させることに狙いがあると言われる。ギリシャ当局が特に神経を尖らせるのが、難民・移民の不法な追い出しを監視するBVMNであるようだ。

 この他にも、アフリカ北西のモロッコからスペイン沿岸を目指す不法移民も多く、急流のジブラルタル海峡で命を落とした人は今年1月から6月までに2000人を超える。スペインの海岸に打ち上げられた死体が発見されるのは珍しくなく、ボランティアによる身元捜しが細々と行われている。

 命懸けのヨーロッパへの脱出が後を絶たない原因は、母国の政情不安や政治腐敗がもたらした底なしの貧困。ポーランド国境に殺到したイラククルド人たちの場合も、権威主義的な自治政府の失策による経済破綻と失業率の増加で、生活の目途がたたなくなったためだった。彼らの多くがベラルーシからの送還にも応じず、引き続きポーランドを目指しているのだという。